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28話 デートのお誘い

last update Last Updated: 2025-05-16 14:30:23

 もう声だけで、誰かは分かる。それに、どうして今のタイミングで現れたのかと思えてしまい、キルシュは半眼になって振り向いた。

「何でもないわ。ただの独り言よ」

 言ってすぐ、キルシュはそっぽを向く。

 今は本当に会いたくはなかった。助けられたあの日から彼の事ばかり考えてしまっている自分が恥ずかしい。悶々として紅潮したキルシュに彼は〝何が何だか〟とでもいった面で小首を傾げていた。

「それで、私に何か用なの?」

 洗濯物を絞りつつ、とりあえず訊いてみる。

 彼はそんなキルシュに歩み寄り、隣でしゃがんだ。

「もう昼の家事は終わるのか? 終わったら暇かって聞きに来た」

「ええ。あとはこれを干すだけよ……どうしたの?」

 彼からこんな事を訊かれるのは初めてだ。何だか改まった感じがして、不思議に思えてしまう。キルシュは彼の方を向くと、ケルンは恥ずかしそうに頬を掻いて視線を逸らした。

「あー、えっと。キルシュが昼飯を食べてからでもいい。少し出かけないか?」

 緊張しているのか、困惑しているのか、それでいて恥じるような言い方だった。

 そんな態度は、記憶から葬り去りたい〝シュミーズ一枚事件〟以来だ。照れた態度が珍しい。キルシュは首を傾げた。

「……出かけるって? 私も貴方も多分森の外には出られないでしょう?」

「うん、だから森の中。天気が良いし、シュネも夕方帰りだろうし。それまで。少し遠出しないか? 俺良い所知ってるんだ」

「それは構わないわよ? 木の実かしら、それともきのこ?」

 いつも通りに何か一緒に森の恵みを探しに行くのだろう。そう思ったが──彼は首を横に振る。

「今日は栗拾いでもきのこ探しでもない。デートの誘いなんだが。キルシュは俺と……機械人形なんかとデートするってやっぱり嫌か?」

 そう言ったケルンは蒸気が出そうな程、耳まで真っ赤だった。片や、キルシュはポカンと口を開いていた。

 
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